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松井冬子 Narcissus

2007年12月15日(木)- 2008年2月23日(土)



 松井は今年度無事東京芸術大学大学院を修了し、日本画専攻の女性としては初めての博士号を習得致しました(男性の習得は村上隆氏が初めて)。

 気持ちも新たに取り組んだ松井の選んだテーマは 「Narcissus」、「ナルシシズム」の語源で、ギリシャ神話の美 少年の名前、自己愛、狂気の象徴であります。自己検証から生まれ出る この痛ましい至幸を表した新作は、今までに見た事の無い日本画であり、日本画の古典的な技術を踏まえた表現、アカデミズム、正統的な芸術作品の文脈にのるべき作品と私達は考えております。
 「ナルシシストという差別的用語は、自己愛的に自己に耽溺する、陶酔など、如何わしく非難めいており、 歪められたイメージで捉えられる。しかし精神病理としては、抑圧からの解放、自己価値の障害、強烈な自己 嫌悪のため無意識的な防衛行動、自己アイデンティティを熟考の対象とする高度な能力である。

 コミュニティ、コミュニケーションにおける時代の精神病理がかつての対人恐怖から解離性同一障害へと移行したように、拒絶、否定、抑圧の 反復による自己存立とアイデンティティの危機は、現代の人間「私」をナルシシズムに生きる様誘導する事を暗示している。

 そして主観性や個人性の指向は自己愛的な産物であり、その思考をすべて自己愛的現象とみなし、ナルシシズムという名に詰め込む事が出来る。
その他にも、自己の統一性の維持を優先するか葛藤の解消を優先させるかという判断や、「誇大自己」の非現実な要求のせいで引き起こされるナルシシズムの失敗、劣等感の過補償、重篤な自己価値の障害、強烈な自己嫌悪、自分自身だけを崇拝し未来や過去に何の興味も示さず、リアリティの根拠を十分把握していないことに無自覚であること、思考そのものなど、ナルシシズムとして把握されるだろう。

 これは差別語ともなる「ナルシシスト」を積極的に用いることで侮蔑の文脈が再生産され、新たな意味に変える攪乱的戦略であり、解離が一つの人格累計として体内化されるようなアイデンティティの変化変容という複雑で多面的な事態を絵画として提示する事を目的とする。」 

-松井冬子


[Narcissus]

 エコーはナルキッソスを愛した。

 しかし以前、猥らなゼウスを妻・ヘーラーの監視から逃れさせようと、 長話を続けヘーラーの注意を引こうと試みたエコーは、気がついたヘーラーの怒りを買い、他人の話を繰り返す事しか出来ない様にされていた。
ナルキッソスの言葉を繰り返す以外話す事が出来ないエコーは、とうとう見捨てられてしまう。エコーは恥ずかしさと悲しみのあまり姿を 消し、ただ声だけが残った。「彼自身もまた恋をします様に。そしてそ の愛する者を決して手にすることが出来ません様に。」これを復讐の神 ネメシスが聞き入れた。するとある日、ナルキッソスは水面の中にいる素晴らしく美しい人に目をとめ、魅せられる。それはナルキッソス本人であるが、あたかも対象愛の様に恋焦がれたのである。苦痛に耐えかね ナルキッソスは死ぬが、冥界の川でも自らを映していたとされる。彼の 死んだ場所には死体のかわりに水仙の花が咲いた。



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